January 02, 2009

今年も相変わらず…

私にとって昨年はかなりよかった年といえました。
世間では、偽装=中国製毒入り餃子=に始まって偽装=口先ばかりの小沢民主党の力不足=に終わった大変"変な年"だった感じですけど:、それもこれも前々年からの延長線上にあったわけで額面通りだったという意味では仕方なっかったというべきなのでしょう。
それにしても今年は何が何でも"偽"や"変"でなく【改】といきたいものです。
改の持つ意味はここではあえて述べませんが、改革や改悛、それに改変などなど【過ちては改むるに憚ること勿れ】の故事ことわざを引くまでもなく意味深で魅力ある語ではないでしょうか。
他はともかく自(みずから)を省みてみるのもよいことなのでは?
そこで私の一年の計は【改めるべきは改め、ひたすら前進!】に決定しました。
本年もどうぞよろしく。

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November 07, 2008

もしかしたら、大変なことになるかも…

;引くに引けなくなった感じだね

:田母神俊雄前航空幕僚長の「論文応募作品の中身」が理由で更迭って

;政府はしきりに「内容が不適切だった」の一辺倒だけど

:でも変だね

;懲戒免職でなくて、定年退職の処分というんだけど

:で、出すことに決まっている退職金の自主返納を求めるっていうのは解せないよ

;分かりにくいけど、分かるのは「(選挙が視野にあるので)先を急いでいる」ってこと

:それだけは素人にも見え見えだね

;気になるのは、この”事件”を野党民主党が政権奪取のチャンスにできるかどうか

:うまくやればできないことは無いだろうけど

;へたすれば政権はますます遠くへ逃げていってしまうだろうし

:微妙といえば微妙だね

;田母神氏は「懲戒処分を行うのなら審理を辞退する意思はない」と明言してる

:防衛省はいろいろあって「…懲戒手続きの開始を断念した」と説明している

;報道によると「手続きに入ったところで、事前に防衛省に届け出ずに論文を公表…」

:「…した行為だけで懲戒免職を適用した例はない」そうだ

;ということは、当初から懲戒免職処分に問うこと自体に無理があったと

:事実上不可能だったのかも

;よくわかんないな

:こういうのを”ふぐは食いたし命は惜しし”って言わない?

;っていうか、厳しい処分を無理に行うとその反動が怖い、ということかもよ

:与党の北側一雄公明党幹事長が「多額の退職金をこのまま渡していいのか」と

;うん、支払停止を求めているね、確かに

:そういう問題じゃないような気もするんだけど

;「臭い物に蓋」をするってのがあるね

:「臭いニオイは元から断たなきゃダメ」ってのもね

;そのニオイの元が”諸悪の根源である”村山談話なんだから…

:救いがないな

;だからひょっとしたらひょっとするかも

:ああ、風前の灯・・・


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October 15, 2008

わが家を開放… 情報交差点に集合!!

スタンバイOK。いよいよ近日公開…乞うご期待!!

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May 16, 2008

新展開が楽しみ・・・

自宅を開放した、どこにもない新しい発想の【情報交差点】の準備完了。
この先がとても楽しみだ。乞う,ご期待!!

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復活

しばらく書き込めなかったが、久しぶりに復活・・・?

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July 20, 2007

スクラップアンドビルド敢行…

 私の尊敬する政治評論家屋山太郎氏の正論にはいつも頭が下がる思いがしています。
 以下は社保庁解体問題について明快な論を展開なさっていることを紹介させてもらいながらその感想などを述べてみます。

『社保庁問題はかつての国鉄問題そっくりだと認識すべきだ。調べれば調べるほど2つの問題は同根同種であり、きのうきょう腐敗したというものではない。
 組織腐敗の根源は70年代にまで遡(さかのぼ)る。社保庁の自治労国費評議会(今年4月「全国社会保険職員労働組合」と改称=組合員1万1000人)は72年から79年まで合理化反対のための(1)オンライン化反対と(2)身分を国家公務員から地方公務員に移せという闘争を激しく行っている。75年、国鉄では国労・動労が「スト権奪回スト」を行い違法のストを8日間ぶち抜いた。自治労と国労・動労は共に総評の傘下で運動に参加した。73年、国労の富塚三夫書記長は順法ストやストをうつ覚悟を披瀝してこう述べたものだ。
 「国鉄が円滑に機能しないことは国の力を弱め、資本主義を崩壊させるのに役立つ」
 この倒錯した論理には耳を疑ったが、総評はこれで社会党をバックアップできると信じていた。傘下の社保庁自治労が同じ動機で仕事をサボっていたのは想像に難くない。』

 自治労の傍若無人さが眼前に浮き上がってくるような歯に衣着せぬ物言いです。どうしてこんな甘ったれが通用していたのだろうと切歯扼腕するばかり。

『違法闘争のあと、国鉄が毎年赤字を2兆円たれ流し、借金が37兆円も溜まっていることが顕在化し、改革に着手されたことだ。一方の社保庁の内臓疾患は外部に全く見えなかった。国鉄は87年に分割・民営化によって蘇生したが、社保庁は20年経ってようやく同様の手術を受けざるを得なくなった。』

 いっそのこと腐った内臓を引きずり出して国民に前にさらしてやりたい衝動に駆られてしまう。
 国民監視の下に何としても社保庁を蘇生させなければ。

『 ≪社保庁の3層構造≫

 社保庁は(1)長官と厚労省キャリア(2)社保庁採用のプロパー(3)各地方事務所の現地採用-の3層構造になっている。長官は1年在任してハクをつけて天下る。キャリアはことなく済めば2年で本省に帰れる。プロパーもこれらの“お客さん”をうまくあしらう。この状況の中で(3)はますます過激な運動に走った。』

 悪しき構造が分かった以上は万難を排してこれをスクラップし新しくビルドしなくてはならない。与党のみならず野党もこぞってこの改革に尽力しなければならない。でなければ日本に明日はないのではないか?

『自治労国費評議会が79年当局と結んだ「覚書」は窓口装置を操作するのは「1日最高300分、キータッチ1万回」というのだが、これは国鉄の労使協定を上回るずっこけ勤労体制だ。』

 ずっこけはお終いにして猛省し、捲土重来本来の仕事に専念してもらいたいものだ。

『国鉄といい社保庁といい“外局”の責任は総裁や長官が負うべきもの』

 分かりやすい言い方と思う。責任の所在を明確にして迅速にそれを実行することが肝要である。天網恢恢祖にしてもらさずを銘記してもらわなてはならない。

『公務員が民間以上に保護されるいわれはない。即刻、手当法を改正して没収すべきだ。またずっこけ職員の給与も最低3割カットすべきだ。カットの理由付けが困難という意見があるが、民間会社が大損失した時、全職員が連帯して責任をとるのは当たり前だ。民間並みに責任をとらせる公務員法の改正を求める。』

 当然過ぎるくらい当然のことをおっしゃっています。ずっこけ職員はいつまで甘ったれていないで民間会社を見習って出直す気で仕事に取り組むことがせめてもの罪滅ぼしではないか?

『民主党がやるべきことはまず支持母体の自治労に世間一般の常識を教育してやることだ。小沢一郎氏はこの自治労を選挙の手足にしているが、これではさながら「小沢自治労」だ。』

 小沢民主党はまさか自治労と心中するつもりなのか。そんなバカなことはないはず。
 有権者を甘く見てはいけない。野党がしっかりしないと与党が妙に安心してしまうことになりかねない。ずっこけ職員で構成されている自治労が背景では民主党はずっこけないだろうか。この期に及んで縁が切れようはないし、かといって互いに頼りないし、さてどうしますか?


≪【正論】屋山太郎 社保庁問題は国鉄問題にそっくり

■全職員の賃金、3割カットせよ

 ≪組織腐敗の根源≫

 国会で毎日のように激しく論争されている年金5000万件記録洩れ問題は、完全に焦点がずれている。社保庁問題はかつての国鉄問題そっくりだと認識すべきだ。調べれば調べるほど2つの問題は同根同種であり、きのうきょう腐敗したというものではない。

 組織腐敗の根源は70年代にまで遡(さかのぼ)る。社保庁の自治労国費評議会(今年4月「全国社会保険職員労働組合」と改称=組合員1万1000人)は72年から79年まで合理化反対のための(1)オンライン化反対と(2)身分を国家公務員から地方公務員に移せという闘争を激しく行っている。75年、国鉄では国労・動労が「スト権奪回スト」を行い違法のストを8日間ぶち抜いた。自治労と国労・動労は共に総評の傘下で運動に参加した。73年、国労の富塚三夫書記長は順法ストやストをうつ覚悟を披瀝してこう述べたものだ。
 「国鉄が円滑に機能しないことは国の力を弱め、資本主義を崩壊させるのに役立つ」
 この倒錯した論理には耳を疑ったが、総評はこれで社会党をバックアップできると信じていた。傘下の社保庁自治労が同じ動機で仕事をサボっていたのは想像に難くない。

 違ったのは、違法闘争のあと、国鉄が毎年赤字を2兆円たれ流し、借金が37兆円も溜まっていることが顕在化し、改革に着手されたことだ。一方の社保庁の内臓疾患は外部に全く見えなかった。国鉄は87年に分割・民営化によって蘇生したが、社保庁は20年経ってようやく同様の手術を受けざるを得なくなった。

 国鉄が腐敗したのは国鉄官僚が国労・動労に迎合したからである。国労とさえうまく付き合えば出世は保証された。労働省の労政担当でさえ国労の機嫌をとった。内部の事情は高木文雄総裁(当時)にさえ報告されず、高木氏は国会や土光臨調の場で「国鉄は徐々に良くなっております」と答えていた。

 ≪社保庁の3層構造≫

 社保庁は(1)長官と厚労省キャリア(2)社保庁採用のプロパー(3)各地方事務所の現地採用-の3層構造になっている。長官は1年在任してハクをつけて天下る。キャリアはことなく済めば2年で本省に帰れる。プロパーもこれらの“お客さん”をうまくあしらう。この状況の中で(3)はますます過激な運動に走った。

 公企体労組の運動に共通しているのは、賃金は人事院や公労委で決まるから必ず労働密度をスカスカにする運動に走ることだ。

 国労は機関車、客車の定期検修の時間まで労使協定で決めさせたが、これを真っ正直にやっても1日の実働は4時間かからなかった。新幹線の窓ガラス取り替えは8人×4時間で1枚と決められていたが、民間委託にしたら3人×1時間で済んだ。

 自治労国費評議会が79年当局と結んだ「覚書」は窓口装置を操作するのは「1日最高300分、キータッチ1万回」というのだが、これは国鉄の労使協定を上回るずっこけ勤労体制だ。

 基礎年金番号は96年度菅直人厚生相の時にシステム化し、小泉純一郎厚相時代に導入した。菅氏に責任があるとか小泉氏だとかいっているが、国鉄の破産前、歴代運輸大臣の責任が問われたことがあったか。菅も小泉も関係ない。

 国鉄といい社保庁といい“外局”の責任は総裁や長官が負うべきもので、高木総裁は時々、国会に呼ばれていた。社保庁長官が呼ばれなかったのは、与野党の責任ではないのか。各長官はほぼ1年務めて天下っている。その無責任体制は国鉄を上回る。

 国家公務員退職手当法では禁固以上の刑以外は退職金の返還を求めることができない。公務員が民間以上に保護されるいわれはない。即刻、手当法を改正して没収すべきだ。またずっこけ職員の給与も最低3割カットすべきだ。カットの理由付けが困難という意見があるが、民間会社が大損失した時、全職員が連帯して責任をとるのは当たり前だ。民間並みに責任をとらせる公務員法の改正を求める。

 ≪民主党がやるべきこと≫

 社保庁改革法は非公務員型の「日本年金機構」を作って、6分割する主旨だ。国鉄の7分割・民営化をなぞった解決法だ。民主党の国税庁と一緒にして「歳入庁」を作れというのは米国式の発想だが、現実問題として大学に中学生を入学させるようなもので無理だ。民主党がやるべきことはまず支持母体の自治労に世間一般の常識を教育してやることだ。小沢一郎氏はこの自治労を選挙の手足にしているが、これではさながら「小沢自治労」だ。(ややま たろう=政治評論家)≫ネット記事より引用させていただきました。 

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July 10, 2007

「地域職員室」の発想は…?

 私は最近とても不思議に思うことがあります。学校現場における考えられない実情のことです。
 私自身の時と我が子の時代とではトラブルの内容にかなりの隔たりがあり、それも仕方ないのかな、といわば素通りした感じもしています。が、近年では到底看過できないような状況があちこちで起こっていて放置できないところまで来ているようです。

 ちなみに我が横浜市の場合タイトルにあるように教委による「地域職員室」の発想が具現化しそうなのです。
 私はこれがしっかりと根付きさえすれば、つまり有機的に機能すれば文字通り地域(住民)と学校の先生方が同じ空間=場=である"職員室"において必要な情報を交換したり共有することができ、問題解決に道が開けるのではと考えています。
 しかし残念ながらこれまでは当市においてもご多分に漏れず良かれと思って作られた組織や団体はたくさんあるのにそれぞれの連携、連絡が密に行われていないせいかバラバラで効果がほとんど期待できません。
 先日も地元の小学校のPTAの正副会長(お二人とも女性)の話で「児童生徒間のトラブルに一部のお母さん方が必要以上に介入してしまい携帯などのメールで深刻な状況がより増幅され収拾が付かない現状」と嘆いていらっしゃいました。校長先生もお手上げとのことでした。
 教委も放置できないと考えたのか遅まきながら重い腰を上げて問題解決に乗り出したということだと思います。 

 皆さんのところではいかがですか?こんな風にトラブルを解決している、という情報でもあればご披露ください。

≪「モンスター」につぶされる教師 理不尽なクレーム深刻化≫これはある新聞のものです。おぞましい見出しですね

≪モンスターにたとえられるほど理不尽な保護者らのクレーム。対応にあたる学校現場の悩みは深刻で、体調を崩す教員も出ているという。文部科学省が本格支援に乗り出す背景には、このままでは教員らが負担に押しつぶされてしまうという、深刻な実情があるようだ。
 「今から出てこい」
 関東のある中学教師は、受け持ちの生徒の父親から電話で怒鳴られた。時計はすでに午前2時を回っていた。
 教師の指導をめぐり、「うちの子だけに厳しすぎるんじゃないか」というのが父親の不満だった。電話では解決できないから、飲食店まで出てこいという。強引な言動に、教師は恐怖心さえ抱いた。
 学校現場がもっとも苦慮するのは、こうした強硬な姿勢だ。毎晩深夜に電話をかけたり、校長室で何時間も怒鳴ったりする“怪物”が、全国的に増えているという。
 要求の内容にあぜんとさせられることも少なくない。「集合写真の真ん中がなぜうちの子じゃないんだ」「毎朝、(母親の代わりに)子供を起こしてほしい」といった無理難題も。
 「不当な要求を突きつける保護者はごく一部にすぎないが、学校に1人でもいれば、その対応に振り回されて本来の業務に支障が出る。現場の校長や教員が抱えるストレスは、一般に考えられているよりはるかに深刻だ」
 クレーム問題などを考察する「学校保護者関係研究会」のメンバーで、立川第一中学校(東京)の嶋崎政男校長がこう指摘する。学校に押しかけた保護者が始業ベルが鳴っても引き下がらず、教員が授業に行かせてもらえないケースもあるからだ。
 文科省の委託で昨年7~12月に行われた教員勤務実態調査によると、全国の公立小学校教員の75%と中学校教員の71%が、「保護者や地域住民への対応が増えた」と感じていた。「授業の準備時間が足りない」と支障を訴える教員も、小学校で78%、中学校で72%に上った。
 何らかのトラブルで保護者から訴えられるかもしれないと考える教員も多く、東京の公立教員の3人に1人が、訴訟の際の弁護士費用などを補償する「訴訟費用保険」に加入しているというデータもある。
 かつて学校の先生は、保護者を呼んでしかりつけることはあっても、保護者から怒鳴られることはなかった。文科省幹部は「学校の権威が薄れ、不満をぶつけやすい場所になっている。地域ぐるみの支援が必要だ」と求めている。≫ネット記事より引用


 

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June 27, 2007

いわゆる平和教育について…

≪HPで平和教育 長崎市、子供向けに開設へ

 長崎市の田上富久市長は市議会本会議で、子供の平和教育に役立つホームページ(HP)を創設する方針を明らかにした。被爆体験を風化させないため、若い世代に平和への関心を持ってもらう狙い。4月に就任した田上市長が、平和行政で具体策を示したのは初めて。

 田上市長は「次世代を担う子供たちについては、平和を愛する心を強くはぐくんで、平和の種をまき、世界に広げていってほしい」と述べた。
 HPの詳細は今後検討するが、核兵器や放射線の影響、現代の戦争などについて、図解を多用するなど分かりやすい内容にする。平成20年度にも運営を始める方針だ。
 現行の長崎市のHPにも「平和・原爆」の項目があるが、漢字にふりがなはなく、子供に難解な表現が目立つ。市民から「簡単で子供向けのものを」「小学校で学習に使えるような内容に」などと要望があった。≫ネット記事より引用


 平和教育について皆さんのご意見をいただきたいと思っています。
 一般に平和の反対が戦争と言われています。しかし私は少しへそ曲がりのせいか戦争(の定義)と平和(の定義)を考えると必ずしも反対語ではないのではないかと思っています。
 つまり平和と戦争は裏腹ではないという解釈です。戦争を無くせば平和になり、平和を唱えていれば戦争は避けられるという発想は矛盾しているのではないかということになります。これが私の考えです。
 
 長崎市長が平和教育を推進するのはいいことと思うのですが「若い世代に平和への関心を持ってもらう」ために何をどう行おうとしているのか不明なのです。
 「被爆体験を風化させないため」にどんな方法を考えていらっしゃるのか関心を持っています。
 申すまでもなく子供は戦争を知りません。戦争を知らない親世代が増え続けている現代において、その子供たちに一体「どうやって教える」のでしょうか?
 HPをまだ拝見していないのですが、素晴らしい平和行政の具体策だとして、であればなおのことこれまでそれが行われなかったのは何故なのでしょうか?お分かりの方いらっしゃいましたら教えてくださいますか?どうぞよろしく。

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June 12, 2007

道徳教育は無用の長物なのか、それとも無用の用なのか…

世間ではとかくの噂として道徳教育導入の是非論がかまびすしいのですが、本来、辞書の解説にも明らかなように「道徳」などというものは教えられたり教わったりするものではないのです。換言すれば人間として進むべき常識的で「当たり前の道」だからでしょう。
 何の因果か、かつて「捨てるべきものと捨ててはならないものの区別ができず」十羽ひとからげにして全てを捨て去ってしまった報いが今日顕在化してきているのではないかと私は危惧しています。
 ほとんど連日のように新聞の社会面では(人の)道に外れた人間の行為による事件や事故が頻発していることでもそれは分かります。
 埼玉県入間市で、しつけの意味も分からないまま23歳の女性が自分の子(4歳児)を交際中の男の暴行を止められず見殺しにしてしまうという地獄のような場面がまたまた繰り返されてしまいました。
 警察に逮捕されたこの男はこの子を邪魔にしただけにとどまらず虐待死させてから「しつけの度が過ぎた」などと言い放っています。
 2人とも親失格の前に人間失格でしょう。こんな人非人にこの期に及んで道徳を説いて何になるでしょうか?手遅れなのです。道が分からない人間に道を踏み外したことを自覚せよというのは土台無理なことと知るべきなのです。(無自覚な愚者は何度でも愚かな行為を繰り返すということ)
 道徳教育に反対の声の共通項は「戦前回帰の恐れ=不安」に見て取れます。フレーズとして修身復活反対だとか侵略戦争への恐怖心に象徴的といっていいでしょう。しかし、一方で羹に懲りて膾を吹く愚だという向きも確かにあるのです。ちなみに私は後者に与します。
 そこで道徳教育不要論を標榜する人にお尋ねいたします。親による子殺しや子による親殺しなど畜生すらやらない蛮行をこれまで通り放置し、看過していいとおっしゃるのですか?それとも道徳教育に代わる名案でもあるのでしょうか?
 ミーイズムや自己中心主義が通用しないことは皆さん承知のはずです。戦争は国と国の争いですから相手があることです。こちらだけ戦争はやりませんと宣言しても意味はない道理です。 
 侵略してきた相手(国)に道徳を説いて何になるか考えればすぐに分かることです。記憶に生々しい北の工作船の事件がその典型例です。

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これで不安はかなり解消されるのでは?

【8年後の小学校像…ICタグ使い出欠、宿題はネット

 教室のハイビジョンモニターで「モナリザ」を鑑賞、出欠は名札のICタグで管理…。情報機器を活用した平成27年の小学校像を、教育研究者らでつくる文部科学省の調査研究検討委員会(主査・山西潤一富山大教授)がまとめた。政府のIT新改革戦略で「22年度までに教員1人に1台のパソコン配備」との数値目標を掲げているが、具体的な将来像の提示は初めて。検討委員会が描いた8年後の小学生の生活は-。
 ≪文科省が初提示≫
 朝、次々と登校してくる児童。校門を通ると名札に埋め込まれたICタグで、出欠情報をデータベースに登録。情報は担任教師のパソコン画面に表示され、保護者にも登校確認メールが送られる。朝の個別学習は計算ドリル。パソコン画面に答えを書けば、自動的に答え合わせをしてくれる。
 1時間目の理科は、学校近くで植物観察。携帯端末のデジタルカメラで花を撮影し、テレビ画面で博物館に直接質問する。2時間目の図工では、教室の大型ハイビジョンモニターでルーブル美術館所蔵の「モナリザ」を鑑賞だ。
 3、4時間目の社会では、地元産業のプレゼンテーション資料を作成。社会見学した工場のスタッフにテレビ画面で質問したり、インターネットで映像資料をダウンロードする。
 5時間目の算数では、子供が表計算ソフトを使って、アンケート結果を棒グラフにしていく。
 帰宅後の宿題は、eラーニングシステムで。学校が提携する団体から送られてくるビデオ教材を、PCや携帯端末を使って勉強。すると、小学校のホームページで今日の学習内容を見た父親が、子供に授業の話を聞きに来た。
 検討委では同時に、27年の前段階となる22年の将来像も提示。教室のプロジェクターに、児童が作成したブログを映し出して発表する様子や、教師のサポーターが授業で使う情報素材についてアドバイスすることなどが示されている。
 もっとも、こうした将来を描いても、現実は厳しい。文科省によると、財政難もあり、小中学校の普通教室のパソコン配備は1校平均4・6台どまり。同省は整備の遅れを認めた上で「この将来像を実現するには、環境整備や人材育成など、幅広い取り組みが求められる」としている。】ネット記事より引用

 21世紀は良くも悪くもインターネット時代と見ることができます。すなわちそのシステム及び機能を呪縛=マイナス=と受け取るか、恩恵=プラス=として活用できるかは使う人とその立場でどちらにもなってしまういわば諸刃の剣と比喩することができるのではないでしょうか。 
 さて、冒頭にもありますが近い将来の小学校を取り巻く風景は様変わりすると推測できます。卑近な例で申せば、学校当局及び保護者側の児童生徒の安全管理状況が飛躍的に改善され心配や不安がかなり解消されることが見込まれるというわけです。
 
 実現すれば生徒たちは授業に夢中になるかもしれませんね。
 要するにネット授業の導入は歓迎すべきと思いますが、その運用をどう考えるかについて皆さんのご意見をお聞きしたいと思っています。よろしく。


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